消えゆく世界と流れる未来に最後の灯を since 2006/4/3
壊れたいって叫ぶ自分もいれば、戻れなくなるぞって警戒の声を上げる自分もいる。
どちらかといえば、まあ、狂ってしまいたいとは思うが。
多分、色んな人がいるけど、大抵はそうじゃないかってそう思う。
周りにいる情況に惑わされて、周りにいる人々にたぶらかされて、お金に狂わされて、夢に魅せられて。
それでも「もう嫌だよ」って音を上げる人はまれで、そんな人が見たらみんなが白眼視してくる。おもしろいことこの上ない。だってみんな狂いたいに違いないだろうに。
でも、みんな我慢する。
その我慢が重なってストレス社会だの、キレるだの、勝手な言葉を作りだし、勝手な想像と共に走り出す。
気づいたころにはまるで蕁麻疹か風疹のように周りに広がっていて、誰もワクチンや予防薬を打とうとしないし、打ったところで白眼視だ。
酷い世の中だっていう人ほどその原因を作ってるパラドクス。
逆説っていう意味のパラドクスはどんなときにも使える万能単語。だって世界が逆説の場なんだから。
でも、そんな中でも決して使ってはいけない単語も多々ある。相手を侮辱する単語とか、汚い言葉とか。
でも、みんな使いたくって仕方ないに違いない。だってそれも逆説だから。
だからみんな我慢する。我慢した結果、周りが狂ってると結論をだす。
一番狂ってるのは君かもしれないし、僕かもしれない、誰にも分かるはずがないのに。
相対的にみんなモノを見る。
かといって彼ら、まあ僕ももちろん含むけど、は自分の感性が絶対的なんだと言って、他人の言葉を聞こうともせずに跳ね除ける。
「ホカ」の人の言葉をいちいち聞いていたら自分が狂ってるのではないかと疑いたくなってしまうから。
それが怖いからに他ならないに違いない。
でもそれも認められない弱い自分と他人。
だからそれを誤魔化すために格好いい言葉がある。
漢語、英語、フランス語・・・、ロクに日本語も使えていないうちから使おうと僕らはする。
日本語が泣いてる。
壊れてるのは僕だって分かってても、いつの間にやらこんなモンを書いている。
指が書きたがってる。
キーボードを叩く音のなんとも虚しいこと。
夜はもう更けたって言うのにまだ僕は寝ようともしない。
寝たくもない。
僕が狂ってるんだから夢の中も狂ってるに違いない。
そう、僕が狂ってるんだから、僕じゃない僕や、僕に良く似た友達や、僕とは正反対の嫌いな人まで、みんな狂ってるに違いない。
でも、もう少しだけ、待たなきゃ。
──まだ、「目覚める」時じゃないはずだ。