そもそも定義おかしくね?ってよく思う。
辞書調べたら困難に耐えてある事を成し遂げるって書いてありました。
勉強を頑張る。こんな言葉はおかしいですよ、笑ってしまうくらいに、ね。
勉強は自分に鞭打ってやりたくもないことをする事。
つまり"勉強"を"頑張る"というのは、頑張ることを頑張る。うわぁ、わっけわかんね。
ま、まあ、強いて日本語訳(?)するならば「嫌で嫌で仕方ないことを耐えながらやる。」っていうところでしょうか。
だったらやんなきゃいいじゃん、勉強なんて。
数学の微分なんて知らなくたって生きていけるし、ノルマン定数なんて分かんなくたって稲を植えて育てることはできるだろう?
なのに、なんで?
なんで、僕たちはどうしてこんなに必死になって勉強、周りを蹴落として嘲笑う事を必死になってやってんの?
自然は利用するもんじゃないってほんとは知ってる僕たちは、勉強してそれらを使役する。服従させる。
そんな勉強ならば、勉虚だ。
そんなことに強いて勉めるならば、僕は勉強なんて、したくない。
僕は、幼稚園の頃、キリンになりたいと思ってた。
小学生の頃、ラーメン屋さんになりたいと考えてた。
中学生の頃、世界的な生物学者になって、虫や鳥の話が解るようになりたいと信じてた。
今ではどうだ?
何も無い。
学ぶことによって理想を失った、そして嘲笑う事を、見下す事を覚えた。
やっぱり"頑張る"は大ッ嫌いだと思ったとある試験の日。